趣味は何ですか?と聞かれると、「走ること」とか答えたりするんだけど、実際のところ走ることなんてほとんどない。

同じように特技に「書道」って書いたりするんだけど、小学生のとき以来、毛筆なんてほとんど握ってない。

ま、趣味とか特技なんてせいぜいそんなもんである。大人になったらそんなの金持ちだけに許された道楽となり、貧乏人はただひたすら生きるためだけに働くしかないのだ。

昨日、久しぶりに走った。

ふと、時間ができて、何ヶ月かぶりに走った。

小金井公園は昼間は子供連れで賑わう楽しい空間だが、そこから一歩離れて雑木林の生い茂る北側へ行くと、極端に寂しくなる。というか、季節に関わらずひんやりとした空気が流れている。

これは噂だけど、園内で自殺者が年間に何人かは出ているらしい…。

そんなところに私は夜、一人でジョギングに行く。

ただ、まったく怖くない。不思議なことにまったく。

走ることは精神を昂揚させ、周囲のどんな状況も「自分には関係ないこと」と思わせる。

最高の現実逃避である。

それにしてもこの公園はとても広く、いつ来てもトランペットの練習を誰かがしている。

たしか10年前、私が初めてここでジョギングしたときからトランペットの音は聴こえている。夕方から夜にかけて、いつ来ても必ず。

もっとも、どんな奴が吹いてるのかは一回も姿を見たことないから何とも言えないけどね。

もしかしたら…

もしかしたら…

あれ、聴こえてるの、俺だけかもしれないな。
深夜、バイト先で若者客2人組がお笑いについて話をしていた。

ひまを持て余した若者が「昨今のお笑い」について店内で談義するというシチュエーションにはちょくちょく出くわすことがある。その都度、掃除するふりなんかして近くに行き、聞き耳を立てるのである。(←バイト芸人あるある)

どうやら男二人のうち、一人がお笑いに詳しいらしく、もう一人に対して解説というか熱弁を振るっている様子だった。

まぁ、なんだかんだと言ってたが、熱弁をまとめると要点は以下の二つ。

・つっこみが笑いを取るもの

・世に出る前の芸人がおもしろい

つっこみが笑いを取るというのは、一見ボケが注目されがちだけど、実際ウケるかどうかはつっこみの腕にかかっているということ。これをめちゃくちゃドヤ顔でのたまってた。

そして、「世に出る前の芸人」というのは、上記の彼いわく「まだ誰も注目してない」芸人のことらしいのだが、出てくる名前はどれも漫才やコントの賞レースで決勝進出してるレベルの芸人ばかり…。

まだ誰も注目してない芸人…



ここ(お前の目の前)におるわ!!



と心の中で叫んでおきました。
「新人内さまライブ」に出演。

今回で二度目。トップバッターでの出演だった。

ネタ後は舞台上のひな壇に座って他の出演者を見守るという、いわゆる「のど自慢」方式だったので、ほぼライブ全編に渡ってリラックスした状態で見学させていただいた。

MCの神無月さんからは「さっきからまったく笑ってないよ!」と、事あるごとにいじられたりしたが、(まぁ実際笑ってなかったかもしれないが)私は人のネタを観るのは大好きである。

どうでもいいようなライブでも、極力帰らず最後の芸人まで見届けるようにしている。

しかし、見ていて思ったけど、まぁ~みんなちゃんと表現力があるね!!違和感なく芝居してるもの!!いったいどこで勉強したんだろうかと、決して皮肉でも何でもなくそう思ってしまう。

おそらくは今日の出演者の中で我々は芸歴長い方だと思うけど、できないことがこれほど多い芸人も珍しいんじゃないだろうか。

できないことができるようになることが必ずしも芸人にとってステップアップだとは思わないが、ネタの食わず嫌いでみすみす自分の可能性を縮めないようこれからは留意したい。
昨日はスタジオシェイプレスにて「お好み焼きパーティー」に参加。

「いま、地下お笑い界で内面がもっともヤバイ」と言われる主催者の谷川さんに呼ばれ、15時に到着するも、そこにいたのは谷川氏のみ。

他の参加者は17時すぎるという。

なんでわしだけ…という思いを抱えながら、とりあえず乾杯。缶チューハイ(350のやつ)一本で完全に酔っ払うフェイフォン谷川。

なんだかんだでお好み焼きは上手に焼けたのだが、ひとつびっくりしたのが、谷川氏が100円ショップで買ってきたソースを使おうとしたこと。

いやいやいや!

そこはオタフクにしてくれよ!

と全員でつっこんだのは言うまでもない。

そんな自称「京都出身」の谷川さんの本当の故郷は滋賀。
(福井という説もあり)
昨夜は「おもてなしライブ」に出演。

司会を務める「ヤマシ」というコンビの片っぽがいない。聞けば、前回の「おもてなしライブ」での失言(サブタイトルの「暑気笑い」を「暑気払い」と間違えたうえ、「センスがない」などと発言)が原因で、出禁を喰らったらしい。

…しかも2年間。

自分とこのライブなのに、そんなことってあるのね。

さらに、劇場入口にある郵便受けの表札が「劇団吹きだまり」→「大島塾」へと変わってた。

塾長の権力がだんだんと絶大なものへと変わり、狂った方向へと向かってるような気がした。

ま、私には関係のないことだが。

次回「おもてなしライブ」は10月26日(日)17時~。
こないだバイトの元同僚が箱根の大涌谷で買ってきたという「伝説の黒たまご」を食べた。

一個食べると寿命が七年延びるらしい。

深夜労働は確実に命を縮めると言われるが、これ食べただけで七年も長く生きられるのか…。

…んなわけない!!

どうしようもなくとも私は充実しているのだ。

過酷な日々を送ってるように思われる見えるかもしれないが、実際は希望に満ち満ちている。

そう考えたら身体的負担など、どうってことはない。

根拠は何もないが、この先、健康で居続ける自信もある。

人間にとっていちばん大事なのは希望である。

ネタだって今は鳴かず飛ばずかもしれないが、まだ見ぬ構想なら頭の中にいくらでもある。

中二病と思われてもいい。

「いつか俺だって」という思いはずっとある。
木曜は近所のスーパーがごった返す日。なぜならもくもくもっく~木曜の市で、じじいもばばあも朝も早よから買い物に繰り出すから。

夜勤を終えた私も一週間分の食材を調達するため朝に寄るのだが、今日はレジでの支払い額がいつもより若干高い気がした。

しかし、特にレシートを確認するでもなく帰宅。

…昼過ぎにスーパーから電話があり「こちらの手違いでお代を多く頂いてしまいました」とのこと。

一部の野菜の価格表示とレジでの登録金額に差があったらしい。

ということは、今朝それらを買った客のすべてに電話して謝罪しているということだろう。

まぁ~たいへん。

電話をかけてきてくれたおじさんがあまりにも申し訳なさそうに謝るので気の毒になったが、よくよく考えたらあれは謝罪のプロなのかもしれない。

あれだけの反省の意を受けてそれでも怒る猛者はそうそういないと思うが、それでも怒るとしたらそれはそれで怒りのプロだな。

まぁ、金返してくれるんなら何でもいいよ。
関東地方を襲った昨日の地震で、我が家のフィギュアも何体か落ちくれた。

プラモデルじゃなくて心底よかったと思う。プラモデルが落ちくれたらそれはもう終わりだから。

ガシャポンは無事だった。なぜなら、ちっこくて重心が低いから。

ガシャポンというのは「ガシャポン戦士」というガンダムのちっさいフィギュアである。

私が子供の頃は単一色の消せない消しゴムのような素材だったのだが、今は精巧に出来ていて可動式の彩色済みフィギュアになっている。

100円入れてガチャガチャやってたのも今は200円。200円は子供にとっては大金である。

せっかく200円握りしめて期待に胸を膨らませながらガチャガチャやったら、くそみたいなのが出てくるときがある。

ガンダムでも敵のやつでもなく、本当にもう意味のわからん「棒」みたいなのが出てくるときが実際にあるのだ。

私がもし子供で、たった一回しか回せないガチャガチャでそんなの出てきたら間違いなくガチャガチャごと破壊するだろう。もしくは泣きながら家に帰るだろう。

ただ、大人になった今はそういうのも人生の理不尽さを知るいい経験だとは思うが。
口内炎が痛い。

痛すぎて終始テンションがた落ちである。きのうも正直ネタどころじゃなかったのだ。トークなんてもってのほか。

つくづく「人間って弱い生き物だなぁ」と感じる瞬間。

野生のシマウマなんて、ライオンに噛みつかれたとしても傷の治療もせずたくましく生きてるっていうのに。

頑張ろうと思っていたのに…

今日から頑張ろうと思っていたのに…

なぜこんなところに口内炎ができたんだ!?

てゆーか口内炎ってこんなに痛かったっけ?なんか昔より痛くなってるような気がする。子供には子供サイズの、大人には大人サイズのができるのだとしたら、今の方が痛いことにもそりゃ納得がいく。

もうお笑いのことなんてどうだっていいんだよ。

近頃、お笑いの話をされると無性にイライラする。

そんなことより美味しいごはんを口いっぱいに食べたいのだよ。
「スマックダウン!」に出演。

「シェイプレスライブ」の特別編とも言えるライブ。

人手不足の中、照明と袖もやることになったのだが、完全暗転ではなかったため、舞台に出る前から私の衣装は完全にお客さんにバレバレ…。

20組近くの芸人のネタを聞いていて(照明の位置からは見えない)、感じたことは「ウケてる人とウケてない人の差が激しい」ということ。

しかも、音声だけだと、ウケてる芸人もなんでウケてるかもよくわからなかった。

まぁ、たぶん明るくて楽しげな芸人がウケやすい空気だったんだろう。

そこに別に皮肉の意図はない。

なぜなら私自身、そういうのを全面に押し出していきたいと思っているから。

ネタを考えるとき、もっと単純になれたらいいのにといつも感じている。

「おもしろい」だけじゃなく「味」とか「らしさ」とか「凄さ」を出したくて小難しく考えすぎてしまうのだ。

笑いがなければ何の意味もないってのに。

今日からアホになろうと思います。